2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん

ガルガンの前日、プナンパハンの日に、海のパパ後藤さんから大漁コール。
さっそく、ガルンガンの準備を終えた夕方からパ・ニョマンと後藤さんの泊まるラーマ・ホテルに魚をいただきに行ってきました。
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21263913.jpg

こんなことはめったにないことで、普段はガルンガンには前日作った豚の串焼き・・サテをみんなで食べるのですが、今朝は早朝から魚をさばき、半分をから揚げに、半分をバナナの葉で包み焼きにして、大変に美味しい朝ごはんを食べ・・・・
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21302053.jpg


2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21321043.jpg


母寺に揃ってお祈りに行ってきました。いつでも一番先に祈るのは家族みんなの健康です。
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21334686.jpg


そして、午前中のお祈りが終わると、それぞれが行きたいところに行くのがこのガルンガン。普通はご無沙汰している親戚や友人の家を訪問しあったりします。

私は最近重い病気にかかって寝ていると聞いていたオダ・スダアンに会いに行こうと決めていました。

懐かしい森の道
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21355679.jpg
ここは長男がお腹の中にいてパンパンに大きくなったお腹のときに毎日夕方になると無性に歩きたくなり、そしてついには2人姉妹の魔女といわれていたオダ・スダアンとオダ・リンギットがワイワイ寄ってケーと叫ぶ家の前を通り越してがけっぷちに近い小山を登り、山のてっぺんのオダ・ワゲの家まで到達し、それからまた大きく回り道をして帰ってくる、という散歩をしていたのを思い出します。
・・・これは未だに自分自身でも不思議な行動の1つです。酔っ払っているわけでもないのに、足が勝手に動きどんどん歩きたくなって、方角も決めてしまう。一緒についてきた犬が2匹、帰りには足を引きずるほどのハードな道程を気持ちよく歩きとおしたのです。歩くのが何より苦手なこの私が・・・・妊婦の七不思議だと思っていました。

これが、魔女の家
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21372912.jpg

あの当時、元気いっぱいだった白髪で背の高い冗談ばかり言って大笑いするオダ・リンギットはもうこの世にはいません。妹のオダ・スダアンだけが、甥っ子の嫁の世話になって、今はこの家に寝たきりでいます。

暗い部屋の中に、衛生的とは消していうことはできない状態で真っ赤なセーターを着たオダ・スダアンがいました。見ると片足が殆ど骨と皮だけに細くなり、足の先が黒く浮腫んでいやなにおいがします。
とても痛いと訴えます。壊疽を起こしているのだと思います。
半年前、リュウマチの注射を受けた跡が日増しに大きく穴が広がって、このようになったと・・・。
多分、糖尿病から来ている壊疽ではないかと往診に来た医者は薬を置いていきましたが、オダ・スダアンは飲もうとはしません。

病院はぜったいにいやだと拒否し、往診に来た医者が置いていく薬は枕にくれてやり・・・・イタイイタイと泣き声をあげながらもしっかりした調子で世話をしてくれるメ・ルニに命令します。
そして、私にあのときの散歩のときについてきた犬はどうした??と15年前のことをはっきり覚えています。
年は多分90歳に近いのだろうと思いますが、この足の壊疽が起きるまで本当にぴんぴんしていたのです。

只者ではない・・このおばあさんは、正真正銘のドラゴンだと・・・私と主人は思ってます。
実は、このオダ・スダアンは・・・大変な金持ちの娘で、姉妹揃ってその父親が嫁に出さなかったと・・・・・。そして膨大な財産をその2人だけで守るためにこの家から離れなかったということで、親族も近寄らせず、他人は信用せず、特に男どもから大変に恐れられていたというおばあさん。
その怒りに触れると、大変なことになったと・・・・。
そして、オダ・スダアンがいうには、昔、好きでもない男に惚れられて、逆恨みをされて、呪いをかけられた・・というのです。それで、男をますます警戒するようになったのでしょうね。
では、ちょっと心臓の弱い方はごらんにならないほうが良いかと思いますが・・・・本物のドラゴンの目を持ったオダ・スダアンの写真を撮ってきました。
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21392151.jpg
部屋が暗いので撮りにくかったのですが、オダ・スダアンは私に自分の肖像画を描いて欲しいと、前から思っていたというのです。

大変な神通力を持っていたといわれるその父上の肖像画はワヤン・ルディカが大変昔に描いたものです。この絵は生きて目が動くようです。
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_2140289.jpg


外には額に入った古い写真が湿気で今にも消えそうになっていて・・・主人の祖母グリアおばあさんを真ん中に、まだしっかりしているオダ・スダアンとオダ・リンギットが直立不動で写っています。
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_2142654.jpg


・・・病院に入れば強制されて何をされるか分からない、家にいたほうがいいといいながら、痛みに時々うめく姿を見て、燃えるような目のこのおばあさんが選んだ最後の戦いなのだと感じました。

そして、家に帰ると、丘の裏に住む親しい家族のおじいちゃんがなくなったという知らせ。
弟夫婦と、従兄弟夫婦と、雨の中をお米とお砂糖を入れたお盆を頭に乗せて行ってきました。

その家のおじいちゃんは、21人も子供を持っています。奥さんが2人か3人いるようですね。なので、お金持ちではないのですが、広大な範囲で全て家族が集まって家を建てているので、私の丘の周りはその家族の王国のようになっています。
亡くなるときにも、1週間ちょっと具合を悪くして寝ていたが、昨日は息を引き取るまで大きな声でしゃべくっていたわよと。大きな体は小さくなってはいましたが、いつでもみんなを笑わせる、明るい楽しいおじいちゃんでしたから、きっと最後もそのようなのだ・・と皆が言っていました。

そして、夕方は帰ってきていた親族もみなそれぞれ都会に戻り、息子と娘も恒例で、従兄弟の家について行き・・・6日間・・・・家事が半分以下で済む・・・製作三昧のチャンスをいただきました。

セイメイ君の手足・・細工を終えました。
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21433962.jpg

全身が球体間接のお人形は抱っこすると変な感触で・・・ゴムがビローンと伸びたり手首が回ったり・・・・抱き人形には適さないつくりだとおもうのですが、手足の先だけなら・・・・どうかな?手首と足首で表情がちょっと出るし、抱っこも差し支えないかな??と試すことにしました。
2012年 ガルンガン やっと会えた最後のドラゴン・スダアンばあさん_b0161391_21461110.jpg

セイメイ君はこの辺にしておいて、明日からまた新たに粘土を練り・・・女の子のお顔が作ってみたくなりました。

by ekadantaya | 2012-02-01 23:10 | Trackback | Comments(0)