TENちゃんの革靴とベレー帽。

TENちゃんの革靴とベレー帽が出来上がりました。今回の靴作りは、硬い皮の縁を漉いて薄くする作業に時間が掛かり、ちょっと難航しましたが、なんとかシンプルなTENちゃんらしい革靴が出来上がりました。
靴は木のボタンで留める形にしました。
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お人形用の白いストッキングも黒いものも試しましたが、やっぱり靴下をリフォームした手作りで、ベージュ色のタイツに決めました。少し肌寒くなってきた秋の日のお出かけ用に。
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ベレー帽をかぶってみるとこんな感じ・・・
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TENちゃんは秋のお出かけ用のお洋服と、春の日のお出かけ用のワンピースと白いエプロンを持っています。
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明日、ようやく高校の50周年祭が最終日。ここ1週間ほど、Ngrorasが終わっても毎日生徒会の仕事で大忙しだった息子は、一昨日の開幕式から学校に泊り込みでオオワラワです。
生徒会の仲間と考えたイベントの大目玉はファイアーダンスだそうで、その練習に早朝から夜まで出かけっぱなしだった息子・・・明日の夜は私も見物に行こうかな。
そして、明後日はセリーがオーストラリアに帰る前にランチを用意して丘の上の家に来る約束の日。
ランチを丘の上の家で食べ、ゆっくりとアフタヌーンティーまでの時間をセリーと語り合おうと思います。

Ngrorasのクライマックスが過ぎてからオーストラリアに出発したHannon Leeちゃんも、無事に到着し、素敵な感激のメールを頂きました。

さて、今月は日本に帰るためのチケットも手配したり、新しく家族の一員となったエーカーや勇気の部屋を作ったり、まだまだ落ち着きませんが、学校の授業が正常に戻る8月4日からは新しいお人形を作り始めてみるつもりです。TENちゃんとエミール・シンクレール、そしてドルリルちゃんは日本に一緒に帰って、秋のヒトガタ展に出席する予定。本当には今年はゆっくり帰って歯の治療もして来ようかなとか思っていたのですが・・・大学受験を控えた息子が2名も待っているので、やはり今回は短い滞在になりそうです。

by ekadantaya | 2014-07-31 15:55 | Trackback | Comments(0)

TENちゃんのジャンパースカート仕上がり。Ngrorasの最終儀式終了。

一族の儀式の中で最大のNgerorasが24日に最終儀式を無事終え、TENちゃんのジャンパースカートも夕べ縫いあがりました。

暖かなウールのツイード生地を使って、シンプルなスタイル。後ろ開きで、小さな木のボタンを使いました。

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白いブラウス姿のTENちゃんに着せてみましょう。
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このジャンパースカートを着ると、TENちゃんの瞳は温かな懐かしい思い出を見つめているように見えます。
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どんなに楽しい日々もどんなに激しい嵐も、過ぎてしまえば美しいノスタルジアの光の中に存在します。懐かしいあの人たちは今もこれからもずっと心の中にいつもいるのです。
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TENちゃんは革の靴を仕上げて、靴下も合わせて考えて、帽子も作ってあげようと思います。
秋の日本に一緒に帰る日までには、お友達も生まれると良いな。

半年間の準備と、丸々1ヶ月間続いた数々の儀式の行程は7月24日の母寺(PURA IBU)でめでたく終了いたしました。
Ngerorasで清められ神格化されたそれぞれの家族の魂たちは一つの存在となり、母寺に移されました。
あんなに華やかな王国のようであったPETAは今ではまるで廃墟のように寂しくなっていますが、これからまだまだ後片付けの大仕事も待っています。
24日の最終儀式にはとペンダンスやワヤンクリッツもあり、早朝から夕方まで人々は3度祈りとともに儀式の最終仕上げを果たしました。
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Ngrorasが無事終わったら・・というのがみんなの口癖でした。
一年前から何度も親族会議を繰り返して計画を立て、会場の準備は半年間掛かりました。
Ngrorasを計画するに当たって、一族の長である重大な責任を負う私の主人はなんだか10歳は老けてしまったように思えます。いつもはのんびりしているダダプも、この半年間は本当に毎日大仕事に取り組み、早朝から真夜中まで休む暇もありませんでした。
半年間を儀式のために生業を休業して取り組んだ一族の大工たち。日常の生活のために妻たちは忙しさに加えてアルバイトまでしなくてはなりませんでした。
時間と労働が巨大であっただけではなく、全ての費用は日本円にすると400万円から500万円掛かったことになります。4ヶ月間の準備の始まりから儀式の最後まで、毎日の労働に集まる数十人から時には数百人の人々に振舞うコーヒーやお菓子、そして食事の費用、膨大な量の供え物に掛かる費用、プダンダたちへの謝礼やその他必要な経費の全てを主人の祖母のグリアおばあさんの残してくれた遺産で買った土地を売却して賄いました。
それでも、建築材料は丘の敷地に育つ木を切り、大工たちは親族の中で勤労奉仕をしてくれたおかげでそのくらいで収まったのですが、もしも儀式の会場を作るための材料や労働力を支払えば800万円から1千万円は掛かるといわれています。

このお金の大きさはインドネシアの現在の物価から考えたら、日本で考える2倍か3倍の大きさ。
大勢の村の人々の力を借りて、一族がこれほどの犠牲を支払って作り上げる儀式は、全て故人への大きな感謝と愛の表現のためなのです。

この儀式はグリアおばあさんが亡くなったときから、主人や親族が自分たちの世代に行うことを決意しました。一族の中で準備が出来た時にしか行えない最大で最高の儀式なので、100年に一度出来るかどうかというものなのですが、グリアおばあさんに対する大きな感謝と愛情が一族を動かしました。
そのとき、息子の勇気は1歳6ヶ月、娘の絵美は6ヶ月になったばかり。従兄やまた従兄たちも同じくらいの赤ん坊でしたから、子供たちが大きくなったら・・果たす責任だと、主人達は決意していました。
私は子供たちが小さかった時には、子度もたちを守るだけで精一杯で、どんな儀式があって周りが忙しくても参加したことも手伝ったことも殆どありませんでしたから、今回が初めて、人々の中に飛び込んで初めから終わりまで体験した儀式となったのです。
感想は・・・アンビリーバブル。ただただ、驚きです。人々の強さ、笑顔、怒った顔、泣いた顔、喜びと感激で流す涙、ボロボロになるまで働きながら光に向かう人々の輝き・・・・

確かに、子供たちが小さかった頃、日本から来て数年しか経っていない私であったら、この体験はただ単に地獄だと感じたことでしょう。超大変。超忙しい。3K。超クレイジーで超バカらしいことだと。

ところが今、19年が過ぎようとしている時に、子供たちが成長して手を離れようとしている私には、この体験が非常にこれから先の人生で必要な学びがいっぱいに詰まった、大きな意味のある体験、そして魂を磨かれるような貴重な体験となったのです。

さて、女神の一人となったグリアおばあさんの導きか・・・いつでも家に子供たちが沢山いることが好きであったおばあさんと同じように、今家には勇気と絵美のほかにもう1人息子が来ました。
ボゴールにぬいぐるみ工場を経営している主人の従兄、グデ・ダワンの長男、エーカーが高校3年生の最後の一年間を勇気と一緒に家で過ごすことになったのです。

エーカーには小さな大変激しい気性の妹が2名いまして、1人はチャチャ。小学4年生。
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もう1人はアングン。もうすぐ5歳。
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この妹たちが余りにすさまじく(いたづらで、大変騒々しくて、そして甘えん坊。)、忙しい両親の代わりにいつも手を焼いていたエーカーは高校2年生から不登校になりました。
自分の場所がない・・・そしてバイクのレースやギターで歌を歌ってコンサートをしたりして、高校2年生の最後は2ヶ月間学校に行かず、家は留守にして、留年することになって初めて両親が気づきました。
主人はそれを電話で聞いた瞬間に、家で卒業まで預かる、と言い、学校を勇気と同じ(主人が教師を勤める)カランガサム第一高校へ転入手続きをしたのです。

さて、どうなることか、とにかくまだエーカーの母ダユーと2人の妹チャチャとアングンが家にいますので、みんな帰ってからエーカーと勇気の部屋を整え、大学進学に向かって一年間、心と体、そして頭脳を磨く環境をみんなで作るつもりです。

そして、お人形は、このTENちゃんが仕上がったら、1ヵ月半で眠った子供、今回は人間だか動物だか怪獣だか・・分かりませんが、とにかくすやすや天使のように安心して眠っている子供を作りたい。
そして9月の20日前後に日本に向かって出発できますように準備も整えたいと思っています。

それでは、まだ集中しない日々が1週間は続きますが、TENちゃんの靴から・・・今日は型紙を・・。

by ekadantaya | 2014-07-27 11:32 | Trackback | Comments(0)

TENちゃんのブラウス。

予定よりも3日早まり、Ngrorasの最終儀式が明日24日になりました。
セリーのロジャーのためのセレモニーから、私は儀式の準備を休んで、TENちゃんのブラウスを縫っていました。
家には遠くから帰ってきている親戚や子供たちがいて賑やかで、Nrorasga終わって日常が始まってから人形制作を始めるつもりでしたが、ついに我慢しきれず・・まずはTENちゃんの新しい衣装から始めてしまいました。
すると、親戚の奥様たちがみな儀式の準備に出かけて行って、私は子供たちの食事を作り、TENちゃんのブラウスを縫う数日はなんだかとってもリズミカルで、仕事が進み、明日の最終儀式の前に思ったよりも早く仕上がってしまったのです。
洗い立てのブラウスにアイロンを掛けて、夕食の支度の前にアップ。
綿ローンのレース生地で、シンプルな白いブラウス。例のごとく、手縫いのボタンホールに貝ボタンをつけて。今回はカフス袖の仕上げに凝ってみました。
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TENちゃんは白いブラウスを着ると、とっても似合っていると思います。
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明日の儀式が全て終わったら・・・ツイードのあたたかなジャンバースカートを作り、革の靴を作ってあげる予定です。
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by ekadantaya | 2014-07-23 19:11 | Trackback | Comments(0)

Love forever  ロジャーのためのセレモニー

18日、Ngroras no儀式は100名を超える大勢の人々とBesaki寺院にお祈りに行く日。みんなは早朝からPETAに集まって、100個以上のお弁当を作り、大型バス2台と自家用車10数台で出かけていきました。
私は1人、丘の上の家に行き、窓ガラスを磨き、掃除の仕上げをして、セッティングを整えました。
どうにも風邪をひいてしまったらしく、頭痛とくしゃみ鼻水で喉も痛い・・・それでもこの日は私にとって本当に大事な日。寒さが続くアバビ村の丘の上の家を掃除してから家に帰り、長袖の服を重ね着して靴下を履き、ラビットの毛皮のコートまで着こんで午前二時半、丘に行くと、ちょうどセリーたち一行の車が2台到着したところでした。

セリーとの再会は夢の中のよう。
そして、セリーが帰るまでの2日間は本当に美しい不思議な空間の中にいました。

3月23日に旅先のエクアドルで急に亡くなったロジャーのために、セリーは丘の上の家での特別なセレモニーを家族や親しい友人たちのために、そして最愛のロジャーのために私と計画していました。
西洋の文化には、悲しみを癒す美しい儀式はなく、急に亡くなった愛するロジャーのために受けた心の痛みが家族にとって大きすぎるために、セリーはどうしてもバリの美しい儀式の方法でロジャーを送りたいと望んだのです。

親友のピーターとジェーン、世界中を一緒に廻った親友夫婦へレンとビル、そして、ロジャーの娘フェリシティーと孫のハリー、息子のマイケル、ロジャーの姉マーガレットとその夫スティーブが一緒に来ました。
初めて丘に来たマイケルは身長2メートル3センチののっぽ。そしてロジャーの姉マーガレットはロジャーに瓜二つ。抱き合って親しい再開の挨拶を済ませると私たちは全員で丘の上の家に上がり、明日のためのセッティングをしました。

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セリーがプリントしてきたロジャーの写真、そして美しい写真集、私の人形も丘の上の家を飾りました。
午後の日差しが差し込んで、ロジャーの笑顔の温かさでいっぱい。愛のためにみんな笑顔に輝く涙を沢山流しました。
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ロジャーが溺愛している孫のハリーはもう10歳。サッカー少年です。
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ゴージャスな才能にあふれたピーターとジェーン。
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ロジャーとセリーと一緒に世界中を旅行して、ロジャーの最後の時からセリーを支えてくれているエレガントで優しい友人へレンとハンサムなビルの二人。
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ロジャーの娘フェリシティーとのっぽの息子マイケル。そして泣いてばかりいるセリー。
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ロジャーの姉マーガレット
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ディナーはジャヌールが心を込めて作ったバリニーズ・ベジタリアン・ビュッフェ。サテはバナナの花で作ってありますがお肉そっくりなお味。
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孫のハリーはディナーの最中に突然おじいちゃんを思い出して泣きだしてしまいました。セリーも今日は早く休みたいといって、会話の花が咲いているディナーの席を立ち、ハリーと共に部屋に入りました。
私はこの晩、1人で丘の上の家に泊まり、早朝には掃除をして全てを整え、白いクバヤとサロンに着替えて約束の7時半、下のレストランに降りました。
美しい朝食はすべてジェーンが用意してくれていました。
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この日のためにオーダーしたバリの正装できめた淑女と紳士たち。
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セレモニーはまずバリアンでマンクーのパ・サヴァのリードで神々と土地の精霊たちに祈り、ロジャーのためのメディテーションをして始まりました。
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マイケルの開幕の挨拶のあとに、セリーが用意したロジャーの思い出の品々を入れた木の箱を
炎で燃やす儀式。これもまたパ・サヴァの祈りの後に、セリーが火をつけました。
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ちから強いオレンジの炎はロジャーの情熱のように燃え上がり踊り、それは全ての人々の悲しみを焼き尽くすように晴れやかで、形が消えていく悲しさに流していた涙を乾かし、形のない魂という存在の力を人々がそれぞれの心に確信するような時間でした。これは火葬というアジアの方法。シワ神が踊るという火葬の火の儀式と全く同じ方法をセリーが切望していたのがなぜか、私には理解できました。
静かな、すばらしい時間でした。
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マイケルが、自作の詩を朗読しました。息子としての感謝と愛を父へ伝える短い詩でしたが、詩人のマイケルの詩は心の中に大きな感動を呼び起こし、聞いた人はみな涙を抑えることが出来ませんでした。
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ジェーンとリチャードの歌は、歌手である二人の美しい声で、人々の心を大きな流れに乗せ、ロジャーの魂と一緒、一瞬空の上を飛ぶような感動を与えてくれました。
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"The Rose”

Some say love, it is a river, that drowns the tender reed
Some say love, it is a razor, that leaves your soul to bleed
Some say love, it is a hunger, an endless aching need
I say love, it is a flower, and you, its only seed



Its the heart afraid of breaking, that never learns to dance
Its the dream afraid of waking, that never takes the chance
Its the one who wont be taken, the one who can't seem to give
And the soul afraid of dying, that never learns to live


When the night has been too lonely and the road has been too long
And you think that love is only for the lucky and the strong
Just remember that in the winter, far beneath the bitter snow
Lies the seed, that with the sun's love in the spring becomes the rose.



誰かが言う 愛は川のようだと
それは穏やかな葦を飲み込んでしまうと
誰かが言う 愛は剃刀のようだと
それはあなたの心から血を流させると
誰かが言う 愛は飢えのようだと
それには終わりのない痛みが必要だと
私は言おう 愛は花のようだと
そしてあなたがその唯一の種だと

傷つくことを恐れていては
ダンスは踊れない
夢から覚めることを恐れていては
チャンスはつかめない
何かを奪われることを恐れていては
何も与える事はできない
そして死を恐れていては
生きている喜びもわからない

寂しすぎる夜や
道が長すぎてあきらめたくなる時
愛は幸運な人や強い人にだけに
与えられると思った時
どうか覚えておいて
冬の厳しい寒さを
雪の下で耐えている種が
太陽の愛を受けて
春にはバラの花を咲かせる事を


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セリーはこの灰をバリの方法で小さな椰子に入れて持って帰りました。
今日、ジェーンとピーターが持っているリゾートホテル・フラッシュバックの前の海岸で、その灰を海に流すセレモニーをする予定です。

ロジャーはオーストラリアで教師を務め、教育委員会で役職を務めた後に退職し、セリーと共に世界中を歩きました。その間、サヌールに2年暮らし、この丘の上の私の家に5年間暮らし、イタリアに半年間、マレーシアに3ヶ月、そして南米旅行に出かけたまま、2ヵ月後にオーストラリアへ帰る予定だった3月23日にエクアドルで脳出血のために亡くなりました。
亡くなる前に、ロジャーがセリーに言った言葉は、
「君の大好きなあのアバビ村の丘の上に帰ろう。そしてあの家を完璧にリフォームして、あそこで暮らそう。」というものでした。
ロジャーとセリーはこの家を世界中を旅した中で一番好きな場所で、一番長く暮らした場所だったと、1年前に訪問してくれた時に話してくれました。
村の人々と親しく関わり、子供たちにとって本当にすばらしい存在になってくれた二人。
すばらしい教師、アーティスト、ゴージャスな魅力にあふれたこの二人は永遠に一つです。

セリーはオーストラリアに帰る前にまた、ヘレンとビルと一緒に丘に帰ってくるといいました。
そして、これからのことを考える時に、このアバビ村の丘に暮らしたいと思っているとも。

Love forever.
形が消え炎と共に私たちの魂が全体と一つになる時までは、忙しく、泣いたり笑ったり、生きること・心を開くことをを恐れずに。

by ekadantaya | 2014-07-21 11:31 | Trackback | Comments(0)

Ngroras の頂上。

Ngrorasの儀式はクライマックスに向かって、朝から晩まで儀式の準備も忙しく、お客様もひっきりなしにやってきて、大忙しの中、アバビ村は4日間もの間水道の水が止まってしまうハプニングが起こりました。水道局の機械が壊れて、ジャワ島から新しい機械を取り寄せるまで水道が使えません。儀式の会場と丘の宿にはタンクがあるので、そこに何度も大型の給水トラックが来て、水を買い何とかしのげましたが、私の家も例外なく、村中の人々が泉やティルタガンガに行水をしにいったり、料理用の水を汲みにいかなくてはならなくなりました。それでも儀式は滞りなく、7月9日から毎日、12日の真夜中まで続きました。それはまるで、戦争の只中のような日々。でもその戦争はそれぞれの心の中で。沢山の人々と共に高い山を登っているように、心を大きく開いて周りの人々の姿を見れば、自然に自分の限界が広がるような体験でした。

11日には、一族の青年たちのPoton gigi(犬歯を削る儀式;成人のイニシエーション)がありました。
犬歯は人間の中にある野性的な感情を表し、それを削ることによってマイナスの感情をコントロールできる成人となる、持って生まれた野生の本質を自己がコントロールできることこそが人間となるということだと主人が子供たちにこの儀式の意味を説明しました。
そしてまず、子供から大人になるためには両親に感謝し、進む道を祝福されることが大切だと主人が付け加えました。
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大勢の人々に見守られながら、二人一組で男の子12名、女の子5名、総勢17名の若者たちが儀式を受けました。この儀式が始まる前に子供たちが両親たちにそれぞれ挨拶をしました。
そのとき、びっくりしたことが起こりました。わが息子と娘がまるで古代インドの王子様とお姫様のように私の手を取って額に当て、そのあとさらに足元に跪いて、額を私の足の甲に当てるという挨拶をして感謝の気持ちを表現してくれたのです。私は彼らに祝福を与えました。すると、従兄のエーカーは、その母に挨拶をして抱きしめて、感動した母親が泣き出したので、私も思わず感涙を抑えることが出来なくなり、大きな笑顔と涙で会場はきらきら黄金に輝いたのでした。
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マントラを唱えながら鑢で犬歯までの前歯を削るのですが、この儀式は魂が体から離れやすいので、離れて戻ってこないことがないように大人達が体や手足を抑えます。
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終わったあとはみんなで歯を見せ合ってにっこり。
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この後に全員で祈り、大きななべに入れた水とお米をかわるがわるかき混ぜる儀式。
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真夜中の12時にこのおかゆを分けて食べ、この日は仮眠をとりました。
12日午前4時に丘のレストランに集合した若者たちは5時間もかかって着付けとメイクをされました。
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そして生まれたお姫様や
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王子様たち。
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わが息子・勇気もうすぐ17歳。わが娘・絵美もうすぐ16才の晴れ姿・・・。
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赤ん坊の時から知っている一族の子供たちがみんなこんなに大きくなったのだと、おばあさんもおじいさんもお母さんもお父さんも・・・見えない存在となった家族や先祖たちも・・・ゴージャスな笑顔になりました。
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昼間のワヤン・クリッツも演じられ、
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同時にトペンダンスもあって、
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儀式の肯定は順調に進み・・・・
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クライマックスの最後の過程、ジャシーの海へ。
海から向かえた83名の霊魂たちは儀式を通して清められ、神格化されるためにもう一度海に返す儀式です。そして、海に帰った魂たちは大自然の中でもう一度一つの大きな存在に戻り、神と一体化するのです。
儀式の最中に雨に降られたことがありませんでした。バリアンの雨を止める専門家パ・サヴァの力が毎日雨雲を遠ざけていたのです。
清められた83名の霊魂が儀式の間中入っていた入れ物を焼く儀式を得て、5メートルもの高さの山車の中にその灰をいれ、トラックに載せました。そのトラックが先頭に、道にかぶさる木の枝をよける長い竹の棒を持った人が付き添って歩ける速さで出発。
その後に続いて、ガムランの楽隊の乗ったトラックが威勢良くガムランを演奏し、十数台の車と大きなトラックに人々が乗って海に向かって出発しました。
通常は車で約30分のところ、2時間半掛かってジャシーの海に到着。その間、急な天候の変化でアンラプラから大雨、真っ暗な海岸に着いたときには豪雨の中、車を降りた人々は勇敢にびしょぬれになって海岸に座り、祈りを捧げました。大型トラックにたち乗りに鳴っていた人々の中には気分が悪くなって途中で降りた人々もいました。海岸で祈りを捧げていた時には滝のような豪雨の中で寒さに失神する人もいました。でも、殆どの人々が笑顔でその状況を楽しんでいるようでした。
祈りの後に、岩がごろごろしている海岸をそれぞれの魂の入れ物を掲げて進み、豪雨にずぶぬれになったまま暗い海の中に入り海に流しました。私はまるで夢を見ているように真っ暗な岩のごろごろした海岸を人の流れの中で進みながら、足元にだけ気をつけてようやく波打ち際まで来ましたが、どうにもあの波の中に入っていく勇気が出ない。そのときに親しい村の女性が手を伸ばして私の持っていた魂の入れ物を代わりに海の中に流してくれ、帰りは手をとって導いてくれました。

帰りはびしょぬれになったまま車に乗り込み、ようやくPETAに到着した時、またしてもハプニング。停電です。
そのときばかりは忍耐強い人々も揺れ動き、いそいそとそれぞれの家に早々に引き上げていきました。
PETAに残った少数の人々はゆったりとその状況で落ち着いていました。
ようやく頂上を登りきった感慨に浸っていました。
一番最後までPETAに残っていたのは、主人とその弟でした。

次の日、水道から水が出ました。そして電気もつきました。
100年も前なら当たり前だった状況、水道はなく電気もない時代を生きていた人々の強さを実感させられ、大勢の人々と共に生きるすばらしさと難しさも体験し、全ての人々にとって一生忘れられない思い出になりました。

大雨は2日間止まることなく続き、さらに次の儀式のために続く準備は大変困難でしたが、、15日の儀式にはやっと太陽が顔を出しました。その日は午前中にジャシーの海へ行き、
全体と融合した祖先の霊を神々として木彫りの4対の男女のヒトガタの中に招く儀式です。
そして18日にはBusaki 寺院へ大型バス2台とそれどれの車で、プダンダと一緒に祈りに行き、PETAから一族の母寺へ移す儀式です。
その後も23日、24日、27日と母寺での儀式が続き、Ngrorasはやっと終了します。

明後日、18日にはセリーが家族や友人10名とやってきます。
19日の朝、ロジャーのためのセレモニーを丘の上の家でする計画をセリーと立ててから早くも2ヶ月がたちました・・・。今日は朝から丘の上の家を掃除しました。明日、もう一度丘の上の家の掃除をしてから、小さな供え物を作り、18日には人形たちと一緒にセリーを待つ予定です。

by ekadantaya | 2014-07-16 23:32 | Trackback | Comments(0)

NGERORAS 7月2日・5日ティルタガンガの聖なる木の葉っぱを頂き魂たちの入れ物を完成させる。

聖水が湧き出るティルタガンガ簿水の宮殿には巨大なブリンギンの大木が聖なる木として聳え立っています。
止まることなく大量の泉が湧き出る場所の後ろに聖地を守るようにしてその木があり、涼やかな霊気を放っています。
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PETAからガムランの楽隊と共に出発した私たちは白い布で覆った籠を担ぎその籠から長く白い布を掲げて、長い竹の棒の先に鎌を結びつけた物を持って、森の道をティルタガンガまで行進しました。祈りを捧げた後に、竹の先につけた鎌で枝を落とし、籠で受けるのです。
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そして今供え物の殆どが揃い、83名の霊魂たちの入れ物が完成しました。
それぞれの名前と女性男性の顔の絵を描いた札が付けられ、美しく飾られた魂の入れ物、体が完成しました。
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9日にはこの魂の入れ物に霊魂たちを治める儀式をし、10日・11日・12日と毎日大きな儀式を続けてクライマックスを迎えます。
遠くから親戚たちも帰り、明日からは都会の人々も仕事の休みをえて帰郷します。

それでは、儀式のクライマックスが済み、少し落ち着くまでブログもちょっとお休みです。

Om Santi santi santi om.
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by ekadantaya | 2014-07-07 18:15 | Trackback | Comments(0)