秋晴れの空にのんびり浮かんでいる雲のように。

儀式は現代日本風に専門業者によって執り行われたささやかな式ではありましたが、親族が暖かく見守ってくださる中、穏やかでさわやかな、父らしい儀式を終えることができました。

子供のとき以来お会いしていなかった親戚のおじさん、おばさん、いとこたち、アバビ村がそのままやってきたような楽しい暖かな時間・・・・お花をお送りくださった方々、メールでの優しいお言葉もみなありがとうございました。

すがすがしく、父が微笑んでいます。

49日まで日本にいたいと思いましたが、母は早く帰れと一点張り。主婦がそんなに長く家を空けて遊んでいてはいけない・・厳しい母の言うことを聞いて、15日の便でバリに向かいます。

その間に、写真の整理や、お世話になった方々へのお礼のお手紙を書いたり、なかなか会えなかった人に会いに行ったり・・・のんびり、母やいもうとと、古いアルバムを楽しんだり・・・・。素的な時間になりそうです。

アバビ村ではジャヌールの家にまた男の子が生まれたそうで、赤ん坊のジンベエをいくつか買い込んで、また帰る支度をします。

父の最期の儀式から、あたたかーーーーい人のぬくもりをたっぷり充電しました。
アバビ村に帰ってから、その見えない力を、お人形にしていきたいなと思います。

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知らなかった父のこと、従兄のかずお兄さんが話してくれました。

父は陸軍航空隊の戦闘機に乗る指揮官になる前、士官学校を出てからずっとゼロ戦に乗る少年たちの教官だったと。若い命を乗せて二度と帰らぬ少年たちを送る教師であった父は、何を思ったか,きっと自分も戦いたくなったか、突然、戦闘機に乗って戦う戦士になったと。


そうか、だから父はいつでも、少年を見ると空を見つめるような遠く、まぶしそうな、そんな特別の感慨をこめていたのを思い出します。
小さな私と手をつなぎ、童謡を歌いながら散歩をしていても、少年野球を野原に見つけると、私の存在をすっかり忘れて、走っていってもうバッターボックスで構えている父。

15歳になった勇気は、日本のおじいちゃんのお別れの式に出席できない代わりに一枚の絵を託してくれました。その小さな鉛筆画は、花々や絵美の作ったお人形や手紙とともに納棺され、父を知る人々の目を引きました。
プロペラ機にのったパイロットの父、そして、その機体が後方から崩れて桜の花びらになっている絵です。
その絵の上には英語で
The war is finally ended ......と書いてありました。
その英語があっているのか間違っているのか・・・分かりませんでしたが、息子はその意味をこう説明してくれました。

これで、おじいちゃんの戦争はついに終わったんだ。
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父はきっと、私たちのことをしばらく忘れて、空の仲間たちと今頃編隊飛行でも楽しんでいることでしょう。

by ekadantaya | 2012-10-31 11:34 | Trackback | Comments(0)